昭和四十七年八月九日 朝の御理解
x御理解 第八十八節 「昔から、親が鏡を持たして嫁入りをさせるのは、顔をきれい にするばかりではない。心につらい悲しいと思う時、腹を立 て、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということで ある。」
私はこの八十八節を頂きますときに、この御教えは決して、これから嫁入りさせてもらうとい人達にたいして、御理解でなくて、もう、いよいよ繁盛に繁盛、いよいよおかげを受けたいと、こうまあ、本気で念願する人達に下さった御教えだと思います 繁盛に繁盛を重ねていく程しに、おかげ願わん者はありはしません。その願わん者はありませんけれども、その願いがやはり切であると、例えて申しますなら、お道の教師を志して、そして先生の資格を頂きます。一応は布教にも出らして頂こう、そして沢山の人も助かるような、おかげを頂きたいと、願わん者はありません。
折角自分が命をかけて、自分が我情我欲を捨てきっての事柄でありますから。
先日もある教会の若先生が、布教に鹿児島の方へ出られる。そして、それが決定致しましてから、もう何回も此処見えられましてね、ここの信心を本気で頂ききっておきたいと思うのです。
先日も、丁度先生方ばかりの会があります、神愛会、先生方、信心共励しよる時に丁度みえました。そして参加して頂いて、話を聞かせて頂いたのですけど、例えば、私、明治天皇の御【】に、一寸先の句を忘れましたけど、いくさの庭に立つも立たぬもというか、御【】がございましょう。
前のところは一寸忘れました。例えば戦の庭に立つと言えば兵隊さん達のことでしょう。立たぬもという事は銃後のこと、だから銃後の方もやはり一生懸命にならなければいけんと。そこで私は、そこのところを布教の庭に立つも立たぬもという事をねですからこれは、信者であろうが先生であろうがという意味もあります。
同時に教師の資格ももって、布教に出て、第一線にあるという時の思いと、未だその布教に出らない準備中に、信心の準備中に、布教の場に立たして頂いたような、生き生きとした心で信心修行が出来て行かなければならない。というのは甘木の先代の孫にあたる人てすから、もうお宅のおじいさんの場合にもそうだった。
安武先生の素晴らしかったことは、総ての点で素晴らしい事ですけれども、それこそ皆弟子入りをする。そして一時でも早く布教所を持ちたい。そして教会にもなりたいという、いわゆる出急ぎをする先生方ばかりの中に、七年間も小倉の教会で修行なさったということ。
しかもそれは、師匠である桂松平先生の御都合もあるという事を思うて、やはり辛抱されたわけであります。
それは十年たっても大した事のない教会が沢山ありますけど、安武先生の場合なんかは、甘木は、全然知らないお土地であったそうです。
いや甘木の町に布教された途端に人が沢山助かった。人がどんどん集まった。それで、どうして安武さんところだけ人が集まるじゃろうかと言うて、桂先生に御伺いをした御弟子さんがあった。
それはね、安武は舞台裏の修行が長かったからじゃとおっしゃったそうです。だからね、便々と長くしとるというだけではない。もうそれこそ、戦いの場に立っても、立たぬも、布教の庭に立つも、立たぬも、もう立ったつもりで、いわば七年間の本当の信心修行が出来たと。だから布教に出られた途端にワ-ッとそれこそ大向うから声それこそかかるように、いうならば、お芝居でいうならば、花道に出た途端、七、三でこう「決まった」途端に、その大向こうから拍手喝采を浴びられようなものだと私は思うです。
私はこの八十八節を頂く時にいつも、思うのですけれども、この八十八節ということは、広がりに広がるという事です。
八に重ねて八ですから、だからそういうおかげは、誰でも願っているという事なのです。だから一日でん早う出るといったような、実際の実力と受けものというか、ものを持たなければ、やはりそんな事にはなってこない。
十年たっても、いや三十年、五十年たっても大したいわば人も助からずに、教会がやっと維持できとるという教会も幾つもあるのですから。
如何にその戦いの庭に立つも立たぬもの時に本気で、信心修行しておかねばいけないかという事がわかります。そいう意味で私は、ここんところをです、家も治めよということ。辛いとか、悲しい時に鏡を立ててというその、鏡を立てさせて頂いて、自分というものがわかる、そういう私は、自分というものがわかるということろまで、信心をしてこなければいけない。でなかったら家は治まらんです。
自分自身の心が治まらずして、家を治めるはずは絶対ないです。そこで自分自身の心を治めるための信心修行というものがなされておかなければならない。
安武先生の場合なんかは、そこのところが、そういう七年間もの間に、自分を治めるだけのものが出来ておられた。だからすべての事を治めていけたわけであります。 昨夜おそく学院生、夏休みで帰ってきました。まあいろいろと話を聞かせて頂いた中に西岡さんがこんな事を言っております。
先日から先生方といいろいろ話を、まあ懇談でしょうね。信心共励をなさる時に、問題を問題としてという、話を今、教団でそれをいうております、問題のいわゆる性質というか、本質というものをよく見極めて、その問題に本気で取り組めという信心姿勢を作るというわけであります。
そこで西岡さんが、先生、問題を問題にするでなくて、問題が問題にならないくらいに、問題を信心で頂くという事になったら、問題でなくなるのでないでしょうかと言うたと言ったそう、そりゃそうじゃろうばってん、そりゃ大徳を受けた先生方じゃないと出来る事じゃないといわれたそうです。
言われてみれば確かにそうです。ならここで、成り行きを大事にするとか、御事、御事柄として受けたらもう問題はないです。どういう事でも、しかも実はそれは、その人しか頂かなければならない事しかあっておるはずはないです。
自分はどうしてこげな難儀な思いをせんならんじゃろうか、てんなんてんて、絶対ないです。もうその人に、与えたいばかりの難儀です。だからそれは難儀じゃない、おかげと例えばわからせて頂くことが、例えば、病気災難は根の切れたのと同じだというように、ここ何日か頂いとりますように、難儀を難儀とせんですむ程しの事ですから、これは本部の先生のおっしゃられるように、成程、それはそうだけれども、やはり前提として、難儀を難儀として見とるという生き方、そしてその、性質をよくよく見るというとこ、そこからの信心を頂くということが、まあ先決だという話ですけれどね。だからここで言ってる信心は、やはりそれは難しい事だと思います。
難儀という姿で現れておっても、それを御事柄として、受けようというのだから、そこにはもう合掌して受ける姿ですから、だからそこのところの稽古をです、そのたびたびに鏡を立てて、自分自身の御教えの鏡ですよ、日頃頂いとる、御教えの鏡を頂いて、自分がこのように、悲しい顔を立てたり、腹立てたりするような顔をしておる情けない顔をしておる。
それで家が治まる筈はないと思わせ頂いて、自分の心を治めることに精進させてもらうという事。
理屈のない事ではない。只、治めよ、治めよとおっしゃってない。本当のことを教えて、ここでは治まる事が本当だ、いや治まるよりむしろ御礼を申し上げる事だと、高めさせて頂く稽古というものが、なされなければ、もう広がりに広がるという、繁盛のおかげには絶対になりませんよ。
昨日も、或る教会の先生が、丁度午後からみえまして、夕方まで話を聞かせてもろうたり、させてもろうたり、させて頂いたんです。けれども、もう本当に神様の間違いないとう事をです、あらゆる段階でそれをキャッチするという事を私は考えました その話を頂きながら聞きながらね、私は最近、阿部野の話を聞かせられて以来というものは、どうして阿倍野にあれだけの御ひれいが立つだろうかと、しかも女の先生おばあさんのことです。とにかく御本部参拝に毎月車両二台、二車両出るそうです。 二千人、それはもう本当に大したものだなあ、神様のおかげを受けるということは限りがないという事が言える。
もっと驚くことは、そこの教会にも組織がない。それでもやはり何千人もの人が一緒にまとまって、例えば御本部参拝するのにず-っと御用を頂く人はちゃっと御用頂く人達があって、その人達が一糸乱れずの行き方というものがそこの幾度の場合に生まれておる。
大祭なら大祭でもそれこそ一糸乱れぬ大祭が奉仕される。もう只々驚くばかりである。いわゆる御神徳とはこのようなものだと思うのです。
そこでどこが違えばそんなに御ひれいが立つだろうかと先からしきりたにその事を考えて、昨日その先生の話を聞きながら、ふと、気づかせて頂いたのは、結局、先生の、他の先生方と違われるのは有難いの度合いが違うんだという事です。
例えば信心の焦点というものは、それぞれのその教会の行き方というものがありましょう。只一生懸命の御祈念力とか、只一生懸命に御修行なさるとかといったようにいろいろあります。
ここの場合はどこまでも和賀心と。しかもその和賀心の自分の家庭を作ろうと、和賀心の社会を作ろうというものがこれはもう合楽の焦点です。
ですからもう、焦点という事に於は、人後に落ちないというか、どこの誰の教会より素晴らしい事だけれども、それに取り組んでおる私と皆様あたりの信心の度合いという事は、有難いという度合いが違う。百の有難さ、千の有難さ、万の有難さとあるように、もうそれこそその有難いとう心が違うんだ。
結局はもっと有難くならせて頂けねばいけないというところに結論が出てくるわけです。
その先生の話を聞かせて頂いとりましたらね、とにかく私より一つ二つ多いでしょう、その先生はもう長い教師生活をなさってあります。
その前にね、十何回くらい仕事をかえておられましてね、そのうち、炭焼きをしておられる。道路工夫もしとんなさる。百姓もしとんなさる。商売もしとんなさる、商いというても行商だそうですけど、行商もしとんなさる。
まだ他にいろいろ言うておられ、まあ、いうならいろいろな難儀、苦労をなさっておられますけども、その難儀の中から本当に有難いという事を一つも感じとる事が出来なかった。その話を聞きながら。
もう本当に炭焼きなら炭焼きが、真っ黒になって働くことが、もう嫌で嫌でたまらじゃった。とりわけ商いだけはもう一ぺん断られたら、もう二度とその家の前には足を踏み込むまいと。えげつない断り方をされるでょう。そうするとね、もう身がちぢんでしまったて、次の家は入っていくのがおろおろするようにあったと言うて、まあ話をなさっておられましたのを聞かせて頂いた。
私なんかどっちかというと何事にもすぐ吊ける方ですからね。これはまあ私の事ですけれども、まあ私は、商いが好きで好きでたまらなかったです。本当に。
ですからもう断られると、かえってファイトが湧いてきよったです。これは本当そうです。そりゃもう、女中達が出てきてからもう、何かもう目下の者にばし言うごと言うちから断るとがおるです。
それが心の中で、もういっときしよるとこれが、大坪さん、大坪さんというごとなるがのと、何かこう湧いてくるのですね、元気が。というくらい商売が好きであったです。
私どん他の側と言うても、他に何にも出来ませんから、商売一途に、それこそ金光様の先生など、それこそ夢にも思わなかったんですから。けどまあ、ひとたび信心に打ち込ませ頂くようになったら、あの難儀な中にあっても、嬉しゅうて、有難うて、楽しゅうてたまらなかったです。
だからおかげを頂くには、例えばその戦いの庭に立つも、立たぬもであってね、戦いに庭に立つ、それはもう一生懸命でも、その一生懸命が戦いの庭に立たないでおる時に、それが出来ておらねば駄目だ。
そこから一生懸命なら絶対、ファイトが湧いてくる。何をさせて頂いても、百姓なら百姓させて頂いて、一生懸命に打ち込んだら、私は、百姓した事がわからんからですか、蒔いた種が芽をきって、そして青々とそれがまたは、稔ごとなってくる楽しみに又、格別だろうと思うです。また、この暑かとに田んぼに出らんならんなんて、一生懸命ないから、それが私は、いわゆる辛いことだけになる。
家庭生活に於もしかり、最後に胃潰瘍を患われた。その時手術をさせてもらって、今日まで元気になられたという話。それはもう教会を持たれてからの事でありますけれども、それはもう神様の働きには恐れ入ってしまいます。
もう、細々とした教会ですけれども、その病院の支払いとちょうどお下がりで、たまっておった金が同じ金じゃったと。こういう素晴らしか、素晴らしいタイミング。 そこに神様の働きを感じんわけにはいけない程しに有難い。そういう例えばおかげをず-っと頂いておるでも、おかげの次元が違うです、感じがしました。
それはお願いをしてするのですから、病院もよかろう、薬もよかろうけれども、病気をしたら病気をしたで私共は徹しなければ出来ない性分ですから、その病気そのものが、それこそ御の字をつけて頂く程しのいうならば、私が申します自然との対決です。成り行きを大切にするということは、自然に起きてくることの対決に於です、ですから何事も勝ち取らせて頂く行き方。
ですから医者にどもかかっては勿体なか、馬鹿らしかもん、金を払わなければならんけというだけではないか。
例えば取次者として、こんな素晴らしい例えば商売すれば元手で要るように、元手なしにはやはり人も助からん。
私はこういう医者が手を離したような病気でもです、私はこく修行し、かく信心してかくおかげを受けたという私は、そういうおかげをおかげを、おかげ頂かせて頂く その中から有難いという答えを出して行く。だから、結局現れてくるおかげは、現れるには現れるが、その程度のおかげですよ。
だから場合には人は、それを冒険と人はいうかもしれん。無茶苦茶だというかもしれん。がむしゃらというかもしれん。けれども、がむしゃらにおすがりさせて頂いてそれもさあ今申しますように、信心に本気で吊気とる時でないと出来る事じゃない。 例えば、その問題なら問題を、問題としない程しのおかげを頂く方が良いのか、問題を問題と見て、その性質をよくみて、それをおかげにして行こうという事よりもです、問題が問題にならん程しのおかげを頂くだけでも、それだけ段階があるという事なのです。
だから過程に於は辛いとか、悲しい時とかに於です、教えの鏡を立てさせてその問題の自分の姿が映るとです、その難儀の性質というものがようわかってくるです。
それこそ誰ではない、かれではない、結局は自分自身の心から信心は生まれてくるです。だから、せめてそこまではね、お互い頂いておきたいですね。
今、本部で言っておられる、西岡さんが聞いておられる、問題を問題としただけでは、問題が問題を生むからね。
その問題の性質というものを本当によくわからにゃいかん。性質を見たらばそれが難儀という問題であるならば、必ず周囲ではなくて、自分自身の心の中にあるのです これはもう絶対のものなのです。先日から、あのアメリカの土人の話をしたようにです、毎日、毎日がです、少量のメリケン粉と少量の水と塩があれば、生きて行けれるのだと。それこそ青いもの一つなくても、果物一つなくても、それで健康が約束されるのだ。
だから健康である事が一番の幸せだと。それでも、まさかという事があるから、もし病気したらどうするかという質問に対してですね、こういう行き方で行きよれば、病気はせんちゅうのです。
そして、もし病気をしたならばです、それは病気をした人の心意気が悪かったから病気をしたという極言なのです。
難儀が起きくる、難儀な目にあわなければならんというならばです、あなたの心の中から生まれてくるとです。これは絶対そうなのです。
だから絶対のものを、絶対として、けれども心の中ではそういうわけにはいきませんから、それにちかずかせて頂く、いわゆる、問題を問題と見て、そこのところを修行させて頂いて、誰ではなかった、かれではなかったというところまで頂かなければ家が治まるはずがないです。
自分の心が治まってくる、そこから家は治まるのです。八十八のおかげです。お互いが繁盛なら繁盛のおかげを頂きたいと思うなら、ここのところに本気で取り組まなければいけないという事なのです。
それを只です、病気をした、薬を飲んでお取次を頂いて、おかげを頂いた。全快しただけのおかげではいかんでしょう皆さん。
それも素晴らしい一つの体験、先生方の話ではないけれども、退院して帰ってくる時には、御広前にやっとお下がり頂いとったそのお金が丁度、病院に払うだけのおかげじゃったというのは、それだけのものでしょうが。
それはおかげだけでしょうが。だからそういうおかげも頂かねばなりませんけれども、その事によって力を頂く、その事によって私共が力を頂くという事になるとですその病気という事は難儀でも病気でもない。
只、私に力をつけて下さる、いよいよ広がりに広がっていく力を与えてくださったという事になるのです。
私共、力が欲しいです。おかげも欲しいです。それならば力を頂いて行く、まずおかげを取らなければいけないでしょうが。いわゆる黙って治めると、このところいつも頂きますように、黙って治めるとは、黙ってたえるとくちゅうことじゃないです。 黙って教えの鏡を立てるのです。そしてその難儀の本質というかね、性質をよく見せて頂いて、これは改まって行く以外はない。私がという自分のところに、それが思いがおかれてまいります時に、そういう生き方の中から、いわゆる信心しとれば、一年一年有難うなってくるという、有難いという心が約束される。
その有難いという心に、それこそ千人も万人もという人達が助かる程しになってくる。阿倍野の先生の生き方というか生きられ方、御信心というものがです、話を聞いてもわからぬ。先日も大阪から身借り先生がおられたですね。あの先生が話ておられましたが、青年き教師会があった。だからどうでも、阿倍野の先生の話が伺いたいというな、皆でそのお願いに行った。
ところが一言もおっしゃらなかった。そしてからお包みが下がった。開けて見たら五万円入っとった。
まあ、どうそ帰りに一杯飲んで下さいというところじゃなかったでしょうかね。お話はなさらなかった。それで私が申しました。お前たちはつまらん。だらしがない、この五万円はお返しします、そのかわりにどうぞひとことでもよいから、教えを下さいとなぜ言わなかったかと言うて、怒りましたと言われますけれどもです、それはどういう事かというと、教えを受ける方の姿勢をつくれといわれたわけです。
いっぺん断られたけんというて、ハイと帰って来た。そして行ったら五万円もらったから、にこにこで帰ってきた。馬鹿んごたる話です。
何、お金をもらいに行ったっか、私は本当の教えというものはですね、あのお釈迦様の話の中にもありますよね、あの法華経が生まれる時のお話です。
お釈迦様がおっしゃった。今、自分の心の中に感じでおる事を皆に言うてもわからん。沢山の弟子達の集まっている中でそうおっしゃった。
そこでその殆どの弟子達が、聞いてもわからん話なら聞いても同じことじゃけんでと帰ろうというて、皆かえってしまった。
それでも何人かはですね、ねばってから聞かせて頂いた時のお話が法華経だといわれております。
ですからね、頂く方の者の姿勢がね、私はその阿倍野の先生でもそうでしょう。例えば今の阿倍野の先生の心の中は、誰でも想像することは出来んでしょう。
そのくらいに尊いものだと思うです。そういう尊いものを、どうぞ教えて下さいというてから、青年教師の中にあるいは、冷やかし半分の奴があるかもしれん。そんなのが沢山集まってきたとて話なさるはずがない。
それでポンと蹴りなさった。そこんところはやっぱり先生ですね、お包みを、行った青年教師立ちは、五万円もらってきたというて喜んでおる。
どうしてお前たちはこういうものをもらってくるか、これをお返しして何故一口でもよいから教えて下さいと、なぜ頼まんか、願わんかというたといわれるような、そうい姿勢をもって御教えは頂くものです。
ですからこの八十八節を頂いてでもです、まず何というても、自分の心が青丸という事はです、治まると言うことは、いわゆる成り行きを大切にするという事なのです 御事柄として受けられた時にです、自分の心は治まっているわけです。又は結構な修行をさせて頂いて有難いという、そういうようなおかげがね、もう八の字が重なっていくようなおかげになるのです。
力ですから、それは。私は今朝お夢の中に、うちの栄四郎が忍術使いのような事をやっている。やあと、どうかといっておったらです、ポ-ンと上に飛び上がったです 飛び上がって消えてなくなってるというお知らせでした。あの栄四郎の名前を頂く時に、大体は栄える城と頂いたんです。けれども、あれが四番目だから、四郎にしたんですけどね。いわゆる栄える城、大きな坪に栄える城、そういうおかげを頂くためにはね、いわゆるもういっちょ、自分が飛び上がらにゃいかん。
現在の自分の信心がら、だからそこに難儀な問題がそこに起こった時にはね、ここで一がんばりしろよと、この節を抜ききったらという事なのですから、それは一つ勢いをつけなければ飛び上がる事は出来なんでしょう。
同時に飛び上がると言うときには、大変苦しい事なんですけれども、結局ドロンと消えとるように、自分というものを空しゅうする以外にないのです。
私は今日は、大坪栄四郎が、いわゆる忍術使いのように飛びあがった、飛び上がった途端に消えてなくなったというのを見て、これは私自身ももう一段おかげを頂きたい。もう一段進みたい。それにはここに、もういっちょ、ふんぎりをつけて飛躍しなければいけない。
飛躍するためには、自分というものがあったんでは邪魔になる。いわゆる我情我欲を捨てて自分というものを空しろうして行かねばならないのだなという事を頂いて、今日八十八節を頂きました。
ですから繁盛のおかげを頂きたい。繁盛のおかげを頂きたいばっかりの言うてもねそれは布教に出る先生達が一日でも早う出たい。一日でも早う布教に出たいというて布教に出て、五年たっても、十年たってもようやく十年目かに教会になった。
教会になったばってん大したことはないというので、一生を終わらなければならないなんて、つまらないでしょう。
それよりも甘木の先生ではないけれどもです、いわゆる教会が中心、どこまでも自分を空しゅうしての御修行ができられたところから、いよいよ未知の国というかね、全然甘木というところは知りもしなかったというところに出られてです、出られた途端に大向かうから声がかかるように人が助かりだしたということ。そしてあのような素晴らしい御ひれい。
とにかくね、その基礎を本当に頂かにゃ、だから即、有難いとは頂けんにしても、自分の心がまず治まるところまでくらいは頂かなければ駄目だと。
皆さん、どうでも大坪栄四郎のおかげを頂きたいでょしう。願ってもおられるでしょう。そんならば、まず自分を空しゅうする稽古を本気でせにゃならん。
ためにはね、もう自然との対決です。もう一番力を受けるのはこれなのです。その成り行きを只黙って受けるというのでなくてです、対決して行くとは力が要るです。 それに打ち勝って行くという事ですから、起きてくる様々な問題、その問題との対決ですから、それが力を受けることです。
それははがゆいこともあま、悲しい、情けないこともあります。けれどもそれとの対決で腹が立った、悲しかった、苦しかっただけで終わったんじゃ、例えば、よし、そこをおかげと頂いてもです、それは病院で手術しておかげを頂いて、丁度手術してお金がお繰り合わせ頂いたのと同じでしょうが。
私はそれだけではつまらん。おかげの世界だけではつまらん。力を受ける、私共はお徳を受ける世界に飛躍せなければいけない。末広のおかげが受けられると思うのです。自分の心が治まらずして、自分の家が治まるはずがない。
勿論、和賀心時代を創るなんてとんでもない話。まず自分自身の心の中に、それから逃げようとする心、そこから逃れようとする、そういうしみたれた心ではおかげは頂いても力になりません。
力を受けなければ、それこそ十年たっても、二十年たっても、只教会の看板は出とるけれども、たいした助かりにならんのではないでしょうか。
これはお道の教師だけのことではありません。お互いお道の信心させて頂くものの全部がそういうおかげを受けなければならんと思う。
どうぞ。